Journal fait a moitié

日々見聞きしたことの記録

曖昧☆美少女アート展

twitterに書くと長くなりそうなので、ひとまず今日の感想を。

・曖昧☆美少女アート展はこまのり(@komanori00)さんのtwitterきっかけで行くことに。
・インターネットで見るより写真はパネルで見た方がずっと綺麗だし記憶に残る。細かな焦点の当て方とか構図とかはやはり大きい方がバランスで見られる気がする。
・生身の女の子を扱っている作品だけれども、作品展示の中に、逆光の写真になるところを正面から光を当てて完全に影を飛ばしたりとか、あるいは普段は水の中にないものを水に沈めたりとか、上を向くべきものを逆さにしたりすることで一種のファンタジーに見えてくるなあと感じる。
・若くていい感じに露出度の高い女の子をモデルにすると、一歩間違えるとグラビア、さらにすっ転ぶと下品な感じになるから視点の切り取り方は難しい。エロっぽくしたくないのにエロっていうのは良くないし。その逆も然り。ギリギリ攻めてる感じ。
・「曖昧」「美少女アート」の2つのキーワードの中で、特定の人だけが感じたり感じなかったりするフェティシズムを曖昧と表現し、美少女アートの世界で表現したのが今回のイベントの趣旨ということを踏まえつつ、果たして、曖昧と表現されている世界の中で作品を見た人がどれだけ自分の抱えるフェティシズムを感じたのだろうか、ということにも興味ある。単純にちょっとエッチな写真の美少女が見たかっただけじゃないの?と意地悪な言葉が頭の中に浮かぶ。まあでも私も綺麗な女の子好きだから、人に言われたら「そりゃ自分の微妙な顔見るよりは心満たされるから美少女見たいわ」って答えちゃうけども。
・とは言え、フェティシズムと曖昧という言葉のピッチのずれが気になる。
・写真を一眼でバシッと撮ってるの、本人は記念に撮ってるつもりだと思うけど、はたから見ると結構不思議な光景。写真を写真に収めるという超現象。
・アイコン化、記号、画一性、喪失した部分に対する評価、アイデンティティーを補う、などなど。
 (自分で書いててなんか気持ち悪いなって思うけどメモしないと忘れてしまうので)
・記号化された瞬間に自我とかそういったものが喪失されていくことに、個性的になりたい子達はどう思っているんだろうという興味の再確認。誰かどう思ってるかこっそり教えてくれないかな。